【2-9-1】弥兵衛平湿原

検討委員会答申


西吾妻一切経縦走線歩道の自然環境の修復に関する答申書
1999(H11)年12月16日
西吾妻一切経縦走線歩道の自然環境の修復に関する検討委員会

はじめに

 本件対象地を含む一切経山から西吾妻山に至る稜線の登山道周辺は、磐梯朝日国立公園の自然公園特別保護地区、及び 林野庁の吾妻山周辺森林生態系保護地域の保存地区に指定され、景観及び自然環境が厳正に保全されるべき地域となっている。 しかし、現地は高山特有の厳しい気象条件であり、人為によって貴重な山地湿原の崩壊箇所が見られるようになってきた。
 特に、登山道「西吾妻一切経縦走線歩道」のうち、中大巓(1,963.6m)から東大巓(1,927.9m)間の弥兵衛平地域に広がる 山地湿原では、表土流出の進行とともに裸地化が拡大している。
 このため、環境庁の補助事業として、平成12年度から当該登山道の整備事業に着手し、歩道の整備とともに山地湿原の土砂流出防止及び植生回復等の自然環境の修復工事を実施する予定である。
 山形・福島両県では、上記の対策工法等を検討するための調査業務を㈱復建技術コンサルタントに委託し、諮問機関として地元の学識経験者、自然保護団体代表、林野庁、環境庁及び山形県、福島県の自然保護行政担当者からなる本委員会を設置した。
 本委員会は、西吾妻一切経縦走練歩道の弥兵衛平地域における自然環境の修復に関する全体計画の検討、及び自然環境修復の手法に関する検討結果を、今後の歩道整備事業に反映させることを目的とし、平成11年9月から同年12月にかけて現地調査を含む3回の検討会を重ね、以下の結論を得たのでここに答申する。
委員等
 座 長 高橋敬一  吾妻の森と緑のトラスト運動代表
 委 員 樋口利雄  福島県植物研究会会長
 委 員 星 一彰  福島県自然保護協会会長
 委 員 青柳和良  山形県野生植物調査研究会会員
 委 員 野口重忠  福島森林管理署業務第一課長
 委 員 片岡 操  米沢森林管理センター所長
 委 員 広野孝男  環境庁裏磐梯管理官事務所統括管理官
 福島県 市川篤志  福島県生活環境部環境保全課長
 山形県 吉井玄亮  山形県文化環境部環境保護課長
1.弥兵衛平地域における現況の自然保護上の問題点
  1. 弥兵衛平湿原の裸地化は、昭和48年に木歩道が整備される以前(昭和30年代頃から)の登山者による踏みつけによって発生し、それが水みちとなり、泥炭層の流失を招いたものと考えられる。加えて、登山道が過去の沢部と重なっていた可能性もあり、融雪時及び降雨時には流域の表流水が集中し、流路となって裸地部が拡大したと思われる。
  2. 昭和51年の空中写真で、ほぼ現在の規模まで裸地化が拡大していることが確認できるが、流路にはまだ泥炭層が残っており、現在のような礫層まで達する浸食は発生していない。
  3. 現在の裸地化は、登山者の踏圧による破壊よりも流水による浸食の影響が大きく、泥炭層の流失は現在も進行しているため、自然の力では回復が不可能な状態と判断される。
  4. 裸地化の状態は、泥炭層が残っている部分と、より浸食の進んだ礫層の露出部分があり、今後礫層の露出部分が拡大することが考えられる。
  5. 弥兵衛平湿原の泥炭層の厚さは30cmから最大80cmであり、流水の影響によって容易に礫層が露出する条件となっている。
  6. 既設の粗朶柵の効果として、緩傾斜部では土砂が溜まり、わずかながら植生の回復が見られるものの、流水の回り込みによって粗朶柵の側方に浸食が拡大した形跡があり、対策工の検討にあたっては十分配慮する必要がある。
  7. 湿原全体に乾燥化の傾向が見られ、池塘が減少傾向にある。また、浸食土砂の流入によって埋没した池塘も見られる。

2.自然環境修復に関する検討結果及び留意点

 弥兵衛平湿原における自然環境の修復方法として、以下の対応方針が考えられる。
1)流水の分散
 泥炭層の浸食を防止するには、裸地化部分の流水について、水量を低減するとともに、湿原の地下水を 涵養するために、広範囲にかつ穏やかに分散させることが望ましいが、適切な工法が確立しておらず、 湿原へ直接分散させることは湿原植生への悪影響が考えられるため、上・中流部のササ・低木林に流水を 分散させることとする。この際、大規模なものは避け、流水の分散状況を観察しながら行う。
2)流速の抑制
 流路幅が狭く、流速が大きい区間においては、流路勾配を緩和するために、流路横断方向に柵工を布設する。 ただし、流水の側方への回り込みによる浸食防止を考慮した構造とする。
3)被覆保護工
 流水の分散、流速の抑制を行っても、現在の水みちを遮断し、流水による浸食を完全に抑制することは困難と 考えられる。したがって、礫の露出部は流路として残し、泥炭層の残っている裸地部及び流路の両岸を 植生マット、植生ロール等で覆い、浸食の拡大を防止する。流路となっている礫層部の被覆保護工については、 実験的フィールドに留め、基本的には無処理とする。なお、計画地は国立公園内であり、被覆材料として 自然系材料を使用する必要がある。
4)植生の回復
 植生の回復方法としては、播種工を基本とし、周辺植生から種子を採取し、現地に直接播種(種子または種子付枝条) する。なお、播種工については植生専門家による指導を得ながら行う。裸地化周辺はヌマガヤの優占する湿原であり、 初期段階としてはヌマガヤを主に、ミヤマイヌノハナヒゲ、ワタスゲ、チングルマなどを混成する植生を目標とする。 なお、発芽を完全にさせるため植生マット、ネット等のマルチング処理を行う。
5)木歩道の整備
 木歩道の再整備にあたっては、単線を基本とし、複線は部分的なものとする。また、設置ルートとして、裸地部にシフトさせることも考慮する。
6)池塘の回復
 一部に土砂が流入した池塘がみられるが、現在の池塘には手を加えないことを基本とする。

3.弥兵衛平地域の施工・管理等に関する山形県・福島県への要望
  1. 工事中の湿原の踏み荒らし対策として、踏板等の予防策を講じる他、工事請負会社の作業員に対し湿原特性について 理解をさせるとともに、登山者への指導を徹底していただきたい。
  2. 将来の再整備、または類似事例の資料とするため、現地に調査区を設定し、継続的な観察を行うことによりデータの蓄積を 図っていただきたい。また、施工の数年後にこのような検討会を設け、対策工の結果について適切な評価をしていただきたい。
4.登山道の維持管理等に関する行政への要望
  1. 木歩道を含め登山道の維持管理について、担当行政部署を確立し、適切に人員を配置する必要があり、これらを可能とする 予算措置について十分に検討していただきたい。
  2. 行政の立場から、広報・宣伝を通じて「登山者教育」のあり方について配慮していただきたい。
以 上