【4-2-3】馬場谷地湿原

植生回復等検討委員会の答申

検討委員会答申書
抹式会社興林コンサルタンツ 殿
平成11年3月20日
西吾妻(白布峠から馬場谷地に至る)歩道周辺
および湿原の植生回復等調査に関する検討委員会

 東北森林管理局(前秋田営林局)及び関東森林管理局(前前橋営林局)は平成9年度に地元の学識経験者、自然保護団体代表、および環境庁、福島県、山形県、福島市、米沢市の自然保護行政担当者からなる検討委員会を設置し、吾妻山周辺森林生態系保護地域バッファーゾーンの整備事業計画を策定し、これに基づいて平成9年度に整備事業を行った。なお本事業は、磐梯朝日国立公園西吾妻一切経縦走線歩道の西吾妻からの歩道事業として、環境庁長官の同意を得て行われたものでもある。これらの事業のうち、東北森林管理局担当で行われた白布峠-馬揚谷地ルートの整備において、自然保護上いくつかの不都合な点があり、山形県自然保護団体協議会、吾妻の森と緑のトラスト運動、吾妻の自然研究会の民間三団体から公開質問状を受けるに至った。ここに指摘された点に関しては確かにいくつかの齟齬があり、東北森林管理局の当事者を始めとして関係者一同は深く遺憾の意を表すところとなった。

 この事後処理のため、東北森林管理局は西吾妻(白布峠から馬場谷地に至る)歩道周辺および湿原の植生回復等調査を企画し、そのための調査を株式会社興林コンサルタンツに依頼し、諮問機関として、地元の学識経験者、自然保護団体代表、および環境庁、福島県、山形県の自然保護行政担当者からなる本委員会、すなわち西吾妻(白布峠から馬場谷地に至る)歩道周辺および湿原の植生回復等調査に関する検討委員会を設置した。委員会は、平成10年10月から平成11年3月にかけて現地調査、および4回の会合を重ね、下記の結論を得たので、ここに答申する。


Ⅰ.調査対象地域の現況における自然保護上の問題点について

  1. 歩道を堀込んで拡幅整備したところでは周辺森林内の表面流出が変化し、土壌条件も変化して、植生に好ましくない影響をおよぽす恐れがある。歩道そのものも新たな流路となって浸食と堆積を引き起こす恐れもある。ぬかるみが多く、階段段差も大きく、それを避けるハイカーによる周辺植生への踏圧の影響が深刻化する恐れもある。
  2. 切り土や盛り土をしたところでは、深層の鉱質土が露出し、植生の自然回復に時間がかかって景観上の問題を長く残すとともに、不測の浸食・堆積等が生じて周辺植生に好ましくない影響をおよぼす恐れがある。伐開されて明るくなったところでは異質の雑草等の侵入する恐れもある。
  3. 従来の歩道をそれて重機を通した跡は、歩き易いためにハイカーが利用し、周辺植生への新たな踏圧の影響が深刻化する恐れもある。
  4. 伐開枝条の過度の積み上げは植生の自然回復の妨げとなるとともに、好ましくない病害虫等の発生をうながす恐れがある。
  5. 輪切り丸太を埋設した湿原部分は、工事とそれに伴う踏圧によって裸地化し、乾燥や温度上昇によって泥炭の分解や崩壊が異常に進行する恐れがある。また、泥炭層が破壊されて、新たな排水路として機能している可能性もある。そのため、湿原中心部が乾燥して植生変化を引き起こすとともに、地下水面の低下に伴って湿原表面の沈下や、新たに生じた水流によって浸食・堆積が起こる恐れもある。
  6. 輪切り丸太は現時点でも不安定なものがあり、また、積雪によって傾いたり、引き抜かれたりする恐れがある。その上をハイカーが歩けば、さらに崩壊の危険がある。また、これを避けて周辺植生への新たな踏圧の影響が深刻化する恐れもある。
  7. 湿原の下手で行った水抜き工は湿原の乾燥化を招く。

Ⅱ.自然保護上の問題点への対応方針

  1. 馬場谷地までの森林部分の歩道の補修措置については以下の対応が考えられるが、これらについては本委員会の検討を受けてすでに平成10年度に東北森林管理局において実施済みである。
    1. 砕石敷きの歩遭で、歩道脇に積んだ廃土のうち植物の定着の少ないものは、戻して砕石と混ぜ砕石の固定に役立てる。砕石の流動防止のため、適切に階段を設ける。
    2. 歩道の重機轍跡が溝になり浸食が進む恐れのあるところについては適切に土砂止めをつける。
    3. 伐開枝条の過度の積み上げは植生の自然回復の妨げとなるとともに、好ましくない病害虫等の発生をうながす恐れがあるので片付ける。
    4. 歩道の階段は設置の第一意義を土砂流出防止とし、丸太2本重ねは1本にして段差を小さくし、間隔に配慮しながら密度を高くする方向で修正する。階段脇の空所は自然回復に委ねロープ等で立入禁止の措置をとる。
  2. 技術的に蓄積のない森林の人為的な植生回復については慎重を期し、当面は自然回復にゆだね、その経過を見守る。このため、歩道の要点に直交する永久帯状標本区を設け、経過を観察する。
  3. 湿原部分についても、未経験の変化変化が予測されるところから、当面は自然回復にゆだね、その経過を見守る。このため、歩道の要点に直交する永久帯状標本区を設け、経過を観察する。また、帯状区に平行する要点で深さの異なる地下水層の圧力変動を観察し、歩道下の泥炭層の重力水の動向を確かめる。
  4. 湿原の下手で行った水抜き工の溝は埋め戻し、水は湿原表面の水準でオーバーフローして湿原外に流出するようにする。(これについては本委員会の検討を受けてすでに平成10年度に東北森林管理局において実施済みである。)
  5. 輪切り丸太上の歩行は禁止して自然の推移にゆだねるとともに、推移の状況について科学的に把握するための継続観測を行う。その状況にしたがい更なる措置について検討する。
  6. 現ルートは近年自然発生的に開かれたものであるが、国立公園の利用上必要なものでもあるので、これからの恒久的な利用を考え、現ルートの補修ということではなく馬場谷地を含めた自然との共生を基礎として抜本的に設定し直すべきである。そこでは、人為に弱い馬場谷地に踏み込むことは避け、馬場谷地南のオオシラビソ叢林を地形にしたがって自然的に通るよう設定する。具体的には馬場谷地の西約100mで現ルートから南東に折れ、馬場谷地の東約100mで現ルートに戻る線で急ぎ検討に入る。なお、新ルートの開設までは、白布峠-西大巓のルートは供用できないので、ハイカーが迷い込まないよう然るべき措置をとる必要がある。
  7. 以上の措置に伴い、概要以下のような調査研究が必要になるとみられるので、急ぎその具体化を図るべきである。なお、これらの調査は多くの労力と専門的知識・技能を必要とするため、基本的にはしかるべき専門業者に委託して進めるべきであるが、項目によっては地元研究者やボランティアに依存できるところもあろう。

  1. 白布峠から馬場替地に入る前の森林部分の、とくに盛土をした部分については、植生や土壌の推移について追跡調査を行う。そこでは路から盛土部分をへて自然他に向かう定置帯状標本区を設け、年1~2回の頻度で植生の変化と土壌の浸食・堆積の状況を追跡調査する。
  2. 馬場谷地内の現ルート沿いでは、ルートに直交して自然地に及ぶ定置帯状標本区を設け、年1~2回の頻度で植生の変化を追跡調査する。また、現ルート沿いに水みちができているかどうかを確 かめるため、この定置帯状標本区に沿って定点を設け、月2回程度の地下水位測定を行い、地下水位の変動の実態を捉える。なお、本調査については、そのために湿原の荒廃を招かないよう、仮設の木道を設置する必要がある。
  3. 埋め込み丸太については、その湿原への影響をみるため、位置や傾きの変動や腐朽の程度について追跡する。
  4. 馬場谷地南のオオシラビソ叢林地帯について、地形、植生、土壌等の実態調査を行い、新ルートの設定について検討する。

Ⅲ.吾妻山周辺森林生態系保護地域の管理に関する東北森林管理局への要望

 東北森林管理局におかれては、改めて自然保護専門家としての意欲と誇りを持って吾妻山周辺森林生態系保護地域の管理に当たっていただきたい。しかし、当該保護対象地域の管理に当たつては、情報公開を前提として、自然の機能に即した保護利用のあり方について具体的な方策を提示し、関係方面と実質的協議を密にして慎重に進められるよう要望する。
以上