【6-1-1】米沢をとりまく自然環境

悲鳴を上げる吾妻山 豊かな自然に危うさ

青柳 和良  
picture わが家の二階南側の窓から、ほぼ正面に雄大な吾妻連峰の姿を眺めることができる。 昔から人々の生活を支え、心の糧となってきたこの山は、最上川の源流に位置し、まさに豊かな大自然を体現しているようである。 しかし私は、吾妻山に甘えるだけの時代は去ったと思っている。現在の吾妻山はあちこちに傷を負い、悲鳴を上げているかのようだ。 吾妻山への登山者が増え始めたのは1960年代ごろからだろうか。 高度経済成長期以降、観光道路やロープウエー、リフトなどが整備され、登山は大衆的なレジャーの時代に入った。
特に80年代後半ごろからいわゆる「百名山」ブームが起こり、全国から登山のツアー客が団体で押し寄せるようになった。地元の関連業界はこれによって潤うところもあったろうが、人が集まることで山の自然は大きく傷つき、劣化してきた。湿原の荒廃、森林土壌の洗掘、観光道路に沿った土砂崩壊、希少植物の減少、その他枚挙にいとまがない。

そのなかで、特に深刻なのは湿原である。吾妻連峰では、東西の縦走線に沿う広い尾根筋に多くの湿原が発達している。宝石のような池塘(ちとう)、色とりどりの高山植物が登山者を引きつけてやまない。だが、自然の回復力を超える人為の圧力によって荒廃は進んだ。
私がかかわっている事例を一つだけ紹介しよう。連峰の中央部に広がる高層湿原弥兵衛平である。40年ほど前、私が勤務した高校の生物クラブ員とともに調査したころは、縦走路に沿って幅数mの踏み跡はあったが、全体としては非常に健全な美しい湿原であった。しかし現在は、かつての踏み跡は場所によって幅20mにもなり、泥炭が露出し、水で浸食され、中央部は母岩があらわれて河原のようになった。目を覆いたくなる風景である。

4年前から県は環境庁(現環境省)の補助を受けて、これ以上の浸食を防止するための工事と木道の付け替えを行った。露出した泥炭層は植物繊維のマットで覆われ、数種類の植物種子の種まきなど、植生復元事業が始まり、現在も続けられているが、結果ははかばかしくない。
同様の湿原の荒廃は、吾妻連峰全体ではさらに何カ所かで見られ、これほどに至らないまでも植生の退行や消滅が進んでいるところは非常に多い。 吾妻連峰は磐梯朝日国立公園、吾妻山周辺森林生態系保護地域など、保護の網が何重にも掛けられるようになったが、登山者の増加に対して、対策が常に後手に回り、このような状態にたち至った。

原生的自然は人が多く入り込むだけで劣化する。これは県内のそして全国の高山すべてに、程度の違いはあっても見られる現象である。 私たちは山を愛するがゆえに、そしてそこに生きる多くの生き物たちをかけがえのない存在と思うがゆえに、場合によっては部分的な「入山規制」をも選択肢に入れて、これらの自然と今後どう付き合っていくべきか、行政、業者、学者、環境保護活動家などで早急に話し合っていかなければならない。

(2004年3月18日 山形新聞夕刊掲載)     English version